路地裏バーのからくり書庫(民事法)

民法,商法などの裁判例,判例を紹介していきます。

「司法のしゃべりすぎ」は「しゃべりすぎ」ではないと思うよ。

 

司法のしゃべりすぎ (新潮新書)

司法のしゃべりすぎ (新潮新書)

 

 

うーん,電車乗る時間が長いから本を読んでいこうと思って本棚見たらこの本があったんで持ってきて読んだんだけど,正直に言って,これはちょっと最後まで読めなかった( ̄Д ̄;;

 

だって,「法理論的に」「蛇足」とか言いながら,その「弊害」は「法理論」とは関係ないようだし(「弊害」について書かれた章は読み飛ばしているため「関係ないようだし」という表現になってしまっている。),

憲法民事訴訟法の観点からみれば」(民事部の裁判官は憲法民事訴訟法知ってて当然なんだが。。まあ,見解の相違なのかもしれないが。。)「蛇足」ではないと思ったんだよなあ。

それについて,ネット上の感想で同意見を見なかったんで,もう10年以上前の本だけど備忘録を書いてみようと思う。

 

憲法の観点からの私見―「司法」とは何か??

この作者がいう「蛇足」が「蛇足」であるかは,そもそも「司法」とは何か?という問題とつながっていると思う。

単に「司法」とは「裁判をするだけ」だというなら,まあ,作者の意見通りなんだろう。

しかし,裁判官は憲法解釈を行い実際に当てはめた判決を参照して判決を書いており,日本は判例法の国ではないが多くの判例を積み重ねて理論を構築してきた(中には立法に到ったものもある。)。「司法」にはそういう働きもあるのであって,そのためには「蛇足」はむしろ書くべきなんじゃないか?作者は判決を書くとき過去の判例を参照したことないのか,なぜ参照するのか考えたことないのかなあとか思った。

 

民事訴訟法の観点からの私見―民事訴訟法142条との関連

まず,民事訴訟法は単に裁判手続を定めただけの法律と見るべきじゃなく,紛争の終局的解決や訴訟経済の面を考慮してあるべき民事訴訟の手続きとはどのようなものか?ということを考えた結果として法律になったものと見るべきなんじゃないかと思う。

紛争の終局的解決や訴訟経済から見て不経済等の理由で,民事訴訟法142条で二重提訴の禁止が定められていたと思う(民事訴訟法の基本書が手元にないけど。。)。二重提訴の禁止の理由と,不法行為になるような提訴を防ぐためには,「訴訟物が同一であるか」「当事者が同一であるか」ということだけじゃなくて,「紛争のコアの部分が同一であるか」ということも実は重要だろう。実際,そういうことが問題になって判例もあったと思うんだが(訴訟上の信義則の問題で)。そして,「紛争のコアが同一であるか」ということを判断するためには,理由中でどういうことが訴訟手続中問題となっていたのかを示す必要があって,作者はそれをすべて「蛇足」と断定する気なのか?そうだとすると,作者は視野が狭いように思えるんだが。。

 

結論。

裁判について知ろうと思ったときに,初心者はこれ読むべきではないと思う。